「大恩人の上司にだけは全額返したい!」債務整理できるか?

特定の債権者にだけ優先して返済できるか?

借金でお金が返せない状況になっても、お世話になった上司にだけは返したいというのは人間の通常の心理です。

個人からの借入れは、すでに業者からの借入れが難しくなった時期に行われることが多く、上記のように考える人も多いようです。

では、自己破産等において、お世話になった上司にだけ返済をするということが可能なのでしょうか。

個人からの借入れが、既に業者からの借入れが難しくなった時期に行われることが多いことも、「誰も貸してくれなかった時期に手を差し伸べてくれたから、この人にだけは迷惑を掛けられない、なんとか返したい」との心理状態に至りやすい背景でもあります。

債務整理において、特定の人にだけ返済をするということが可能なのか、順を追ってご説明致します。

ケース紹介

Aさんは、貸金業者2社に対し各50万円の債務、信販会社2社に対し各100万円のクレジット債務を負っており、債務総額は現在400万円です。

債務総額が350万円であった昨年11月頃、仕事終わりに居酒屋に行った際に、上司のBさんに借金の問題を相談しました。

Bさんはとても親身に話を聞いてくれ、借金の返済原資として20万円を貸してくれることになりました。

その際、Bさんは「6月のボーナスでまとめて返してくれればいいから。奥さんにバレると怖いからちゃんと返してくれよ」と言っていました。

Bさんから20万円を受け取り、借金の返済をしましたが、その後も欲しい物があると後先考えずにクレジットで購入などを繰り返してしまいました。

債務整理をすることになっても、上司のBさんとの約束(次のボーナスで返すこと)だけは絶対に守りたいです。

債務総額が400万円になり、次の支払期日には業者に対する返済ができなくなることから、弁護士に債務整理の相談をしにいらっしゃいました。

Aさんとしては、業者に対する債務については自己破産で免責を得て、上司のBさんには6月のボーナスで返済したいと考えています。

偏頗弁済(特定の債権者に偏って返済すること)

自己破産の場合、特定の債権者だけに返済をすることはできない

上司に対する債務だけを除外して自己破産を申立てることはできない

自己破産の場合、上司Bさんに対する債務だけを除外して自己破産の申立てはできません。仮に上司に対する債務だけを除外して自己破産の申立てをした場合、虚偽の債権者名簿を提出したことを理由に免責不許可となる可能性があります(破産法252条1項7号)。

では、自己破産の申立て前に一括して返済できないか?

弁護士に債務整理を依頼し、他の業者については支払停止をした後に、特定の債権者だけ債務の返済をすることは偏頗弁済にあたるものと考えられます。

この場合、裁判所に選任された破産管財人が上司に対する返済に対し否認権を行使すると、上司から20万円の返還を受け、それを全債権者の配当に回すことになります。

破産管財人は、否認権を行使するにあたっては、上司がAさんの支払不能(または支払停止)を認識していたこを立証しなければなりませんが、本ケースにおいては、上司は昨年11月頃にAさんから借金の問題について相談を受けており、支払不能または支払停止を知っていたと認められる可能性があります。

いずれにしても、上司だけに返済をすることは、かえって上司に迷惑をかける可能性がありますので、するべきではないと考えられます。

個人再生の場合、 特定の債権者だけに返済をすることはできない

上司に対する債務だけを除外して個人再生を申立てることはできない

個人再生の場合も、自己破産の場合と同様に上司に対する債務だけを除外することはできません。

仮に上司に対する債務だけを除外して個人再生を申立て、再生手続が開始した場合、原則、上司は個人再生手続において劣後的な取扱いを受けることになります。具体的には、上司は、債権届出期限までに債権届出をしないと再生計画で定められた弁済期間が満了するまでは弁済を受けられません。Aさんの立場から見ても、上司の弁済率を乗じた変更後の債務を弁済期間満了時に一括して返済する義務があるため、このような扱いをすることは合理的ではありません。

なお、東京地裁では、債権届出期限後に債権届出があった場合に自認債権として再生計画を作成することを認めています。ただ、自認債権は基準債権額に含まれないため、Aさんは上司Bさんに対する債務を含めて申立てをした場合に比べて不利な扱いを受けることになります。

Aさんの債務は業者に対する債務400万円とBさんに対する債務の20万円です。

Aさんが上司のBさんに対する債務を除外せずに申立てをした場合、基準債権額は420万円となります。

清算価値を考慮しなければ、最低弁済額は100万円となり、弁済率は、100万円÷420万円=約24%となります。

この場合、Aさんは最終的に再生計画に基づき総額100万円を返済することになります。

対して、上司のBさんに対する債務が自認債権とすると、基準債権額は400万円となります。

清算価値を考慮しなければ、最低弁済額は100万円となり、弁済率は、100万円÷400万円=25%となります。

自認債権である20万円の25%を最低弁済額の100万円に上乗せする必要がありますので、Aさんは最終的に再生計画に基づき総額105万円を返済する必要があります。

本ケースの場合は、大して金額が変わりませんが、基本的にはBさんに対する債務を除外することは合理的とはいえません。

再生手続開始決定後に上司にだけ返済をすることはできない

再生手続開始決定後に、再生債権を返済することは禁止されています(民事再生法85条)。

再生手続開始決定後に上司Bさんにだけ返済をした場合、AさんはBさんに対し不当利得返還請求権を有するため、Bさんに返還を求める必要があります。事案によっては、手続自体が廃止(終了)ということにもなりかねません。

では、再生手続きの前に一括して返済できないか?

再生手続開始前に返済することについては禁止する規定はありません。ただし、破産において否認対象行為に当たる場合には清算価値に偏頗弁済額を上乗せする必要が出てきます。

以上のとおり、個人再生の場合も、Bさんだけに返済をするということは合理的ではありません。

任意整理の場合は、任意整理の対象とする相手を選ぶことができる

任意整理においては、将来の利息を減らしたり、長期分割を組むことで月々の返済額を減らすことにより、債務の負担を減らすことができます。

任意整理の場合、任意整理の対象とする事業者を選ぶことができますので、上司Bさんだけは一括して支払うということも不可能ではありません。

しかし、任意整理から破産または再生へと手続が移行した場合には、Bさんに対する返済が偏頗弁済として問題となりますので、どのような手続をとるかは慎重に検討したいところです。

借金返済にお困りの方、お気軽にご相談ください

お世話になった上司だけに返済したいと思うこと自体は責められるべきことではありません。

しかし、債務整理といった極限の状況においては、債権者に対する平等を意識し債務者として誠実に行動することが求められます。

問題が起こる前に弁護士にご相談ください。

債務整理は事務所選びが一番大切!