「親にだけは全額返したい!」債務整理できるか?
特定の債権者にだけ優先して返済できるか?
借金でお金が返せない状況になっても、親にだけは面倒を掛けたくないという思いから、父親/母親にだけはお金を返したいと考えるのは人間の通常の心理です。
個人からの借入れが、既に業者からの借入れが難しくなった時期に行われることが多いことも、「誰も貸してくれなかった時期に手を差し伸べてくれたから、この人にだけは迷惑を掛けられない、なんとか返したい」との心理状態に至りやすい背景でもあります。
債務整理において、特定の人にだけ返済をするということが可能なのか、順を追ってご説明致します。
ケース紹介
Aさんは、貸金業者2社に対し各50万円の債務、信販会社2社に対し各100万円のクレジット債務を負っており、債務総額は現在400万円です。
債務総額が350万円であった3年前、支払が厳しいと感じていたことから、父親に援助を依頼しました。父は直ぐに350万円を用意してくれ、そのおかげですべての借金を返済することができました。
父が用意した350万円は父親の退職金を原資とするもので、本来、両親の老後の生活資金でした。この際、私は父親に対し、月2万円を返済することを約束しました。
ところが、Aさんは、再び生活資金の不足から再び借入をするようになり、現在債務総額は400万円です。父親に対しては月2万円の返済を約束していましたが、返したり返さなかったりしたため、300万円の債務が残っています。
偏頗弁済(特定の債権者に偏って返済すること)×
自己破産の場合、特定の債権者だけに返済をすることはできない
父親に対する債務だけを除外して自己破産を申立てることはできない
自己破産の場合、父親に対する債務だけを除外して自己破産の申立てはできません。仮に父親に対する債務だけを除外して自己破産の申立てをした場合、虚偽の債権者名簿を提出したことを理由に免責不許可となる可能性があります(破産法252条1項7号)。
では、自己破産の申立て前に一括して返済できないか?
弁護士に債務整理を依頼し、他の業者については支払停止をした後に、特定の債権者だけ債務の返済をすることは偏頗弁済にあたるものと考えられます。
この場合、裁判所に選任された破産管財人が父親に対する返済に対し否認権を行使すると、父親から300万円の返還を受け、それを全債権者の配当に回すことになります。
破産管財人は、否認権を行使するにあたっては、偏頗弁済を受けた者がAさんの支払不能(または支払停止)を認識していたこを立証しなければなりませんが、父親等の破産者の親族については上記認識があったことが推定されるため、「父親がAさんの支払不能(または支払停止)を知らなかったこと」を立証しなければ返還を免れることができません。
いずれにしても、父親だけに返済をすることは、かえって父親に迷惑をかける可能性がありますので、するべきではないと考えられます。
個人再生の場合、父親だけ除外することができるか
父親に対する債務だけを除外して個人再生を申立てることはできない
個人再生の場合も、自己破産の場合と同様に父親に対する債務だけを除外することはできません。
仮に父親に対する債務だけを除外して個人再生を申立て、再生手続が開始した場合、原則、父親は個人再生手続において劣後的な取扱いを受けることになります。
具体的には、父親は、債権届出期限までに債権届出をしないと再生計画で定められた弁済期間が満了するまでは弁済を受けられません。Aさんの立場から見ても、父親の弁済率を乗じた変更後の債務を弁済期間満了時に一括して返済する義務があるため、このような扱いをすることは合理的ではありません。
なお、東京地裁では、債権届出期限後に債権届出があった場合に自認債権として再生計画を作成することを認めています。ただ、自認債権は基準債権額に含まれないため、Aさんは父親を債権者に含めて申立てをした場合に比べて不利な扱いを受けることになります。
Aさんの債務は
・貸金業者に対する債務400万円と
・父親に対する債務の300万円。
Aさんが父親に対する債務を除外せずに申立てをした場合、基準債権額は700万円となります。
清算価値を考慮しなければ、最低弁済額は140万円となり、弁済率は、140万円÷700万円=20%となります。
この場合、Aさんは最終的に再生計画に基づき総額140万円を返済することになります。
対して、父親に対する債務が自認債権とすると、基準債権額は400万円となります。
清算価値を考慮しなければ、最低弁済額は100万円となり、弁済率は、100万円÷400万円=25%となります。
自認債権である300万円の25%にあたる75万円を最低弁済額の100万円に上乗せする必要がありますので、Aさんは最終的に再生計画に基づき総額175万円を返済する必要があります。
以上のとおり、父親に対する債務が自認債権とすると、再生計画による返済総額が大幅に増えることになりますので、場合によっては、「履行の実現可能性がない」として再生計画が認可されない可能性もあります。
再生手続開始決定後に父親にだけ返済をすることはできない
再生手続開始決定後に、再生債権を返済することは禁止されています(民事再生法85条)。
再生手続開始決定後に父親にだけ返済をした場合、Aさんは父親に対し不当利得返還請求権を有するため、父親に返還を求める必要があります。事案によっては、手続自体が廃止(終了)ということにもなりかねません。
では、再生手続きの前に一括して返済できないか?
再生手続開始前に返済することについては禁止する規定はありません。
ただし、破産において否認対象行為に当たる場合には清算価値に偏頗弁済額を上乗せする必要が出てきます。父親が相手の場合、すでに説明したとおり、父親につきAさんの支払不能を知っていたことが推定されますので、基本的には否認対象行為にあたると考えられます。
以上のとおり、 個人再生の場合も、父親だけに返済をするということは合理的ではありません。
任意整理の場合は、任意整理の対象とする相手を選ぶことができる
任意整理においては、将来の利息を減らしたり、長期分割を組むことで月々の返済額を減らすことにより、債務の負担を減らすことができます。
任意整理の場合、任意整理の対象とする事業者を選ぶことができますので、父親だけは一括して支払うということも不可能ではありません。
しかし、任意整理から破産または再生へと手続が移行した場合には、父親に対する返済が偏頗弁済として問題となりますので、どのような手続をとるかは慎重に検討したいところです。
借金返済にお困りの方、お気軽にご相談ください
「親にだけは返したい」と思うのは世の常であり、そのこと自体が責められるべきことではありません。
しかし、債務整理といった極限の状況においては、債権者に対する平等を意識し債務者として誠実に行動することが求められます。
問題が起こる前に弁護士にご相談ください。